ばぶのばぶなひとときをご紹介します
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『タッチ』  手のひらから心に直結しているタッチもあるのです

昨年度は保育園の中にある『一時保育室』のスタッフとして一年間勤務しました。

今年は延長番の夕方(夕方~夜)の保育当番を務めています。
幼児
3クラスの夕方の保育と、お迎えまでの夜の保育で、親御さんがお迎えに来てお家に帰る送り出しに関わっています。

昨日の夕方のことです。

3歳児の女の子がお母さんと帰るそのさなか、にこにこと満面の笑顔でサヨナラのタッチを求めてきました。タッチのあとでお母さんが

「タッチできた?よかったね」とお子さんに丁寧に言葉かけをしています。

何か特別な事情があったのかなとふっと見やりますと、

お母さんが一昨日の夜のエピソードを補足説明してくれました。

「ゆうべ、おふとんにはいって寝るときに、急に思い出して『保育園から帰るときに○○さん(私のこと)とタッチしなかったぁ』って言って、がばっと起き出して大泣きしたんですよ。」

なるほどそんな出来事があったんですか悲しくも嬉しい合点がいきました。

幼い子供さんの心の育ちの姿に内心ウルウルしてしまいました。

「おや、そんなことがあったんですか、それじゃあ、もう一回『タッチ』」
とハイタッチを誘いました。

背中のリュックがちょっぴり重そうにがさばっていて、本人はジャンプしているつもりのジャンプでしたが、これまた特に嬉しそうなハイタッチでした。

私にしてみれば職業柄もありますが、朝に晩に、また日中園内ですれ違った時などにいろいろなお子さんといろいろ「タッチ」をしてスキンシップを重ねているのですが、子どもさんによってはこれ程までに『タッチすること』、『タッチできたこと』が日々の生活の心の励みになっているのですねぇ。

今日も心を込めて「タッチ」しまくりましょう。


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# by 09donpo11 | 2017-04-25 06:31 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑨ 雨が降っては、透き通る冷たい雫を、短い草にぽたりぽたりと落とし  

「虔十公園林」は、宮沢賢治の短編童話です。賢治が亡くなった翌年(1934/昭和9年)に発表されました。

周囲の人たちの目からは虔十は、『おかしくもないのに笑ってばかりいて知恵が足りない』と、馬鹿にされています。

通常私たちにとって「おかしくもないのに…」と見えている世界も虔十さんの目から見たら世界は不思議と驚きにあふれた面白い楽しい世界そのもので、「ひとりでに笑えて仕方ない」程なのです。

乳幼児のあそんでいる姿の中には時として「不思議と驚きにあふれた世界」に入ったり出たりしながらあそんでいる様子が多々見られます。その様子に深い共感を持ちつつ向かい合っている大人は少ないです。かつては自分自身も乳幼児の時代に同様の入ったり出たりのあそび経験をしたにもかかわらずです。作者である宮沢賢治さんの感性はそこまで踏み込んだところから虔十さんの世界を読み解いています。虔十さんがいつも笑ってばかりいるのにはそれなりの理由があるのです。

1934年という時代背景を考えれば、少しでも健常でない子供は、コミュニティーの負担と捉えられ親戚中から恥とされ、隠蔽するといった処遇が常識で、そのような子は前世の罪の結果なのだといった宗教的な解釈や説明もされていた時代です。そういう常識に対し、そのような子でも必要な援助を与えれば(十力の作用によって)地域に貢献できる可能性があるのだということを宮沢賢治さんは説いています。

賢治が知的障害をどう見つめていたかが書き綴られ、時代に先がけてノーマライゼーションの可能性に言及した点で貴重な作品である。(ウィキペディア)

虔十がチブスにかかって死んでから20年間の間に街は急速に発展し、いつしか村は町になって昔の面影はどこにもなくなってしまいます。

ある日この村を出てアメリカの教授になって15年ぶりに里帰りした博士が、地元の小学校から依頼されアメリカについての講演をします。講演後、博士は小学校の校長たちと虔十の林を訪れ、この林だけが昔と変わらずにそのまま残っているのを発見し驚きそして多くの貴重な世界を悟ります。

虔十のことを博士も子供心に馬鹿にしていたことや、その一方この背の低い虔十の林のおかげで遊び場が提供され、連日あそびほうけて過ごした少年時代を経て、今の自分の個性があることを悟り、林の重要性に初めて気づきます。

博士は校長さんに『・・・ここはもう、いつまでもこどもたちの、うつくしい公園地です。どうでしょう。ここに虔十公園林と名をつけて、いつまでもこの通り保存するようにしては。』と提案し、その反響が地域社会を動かしその通りになります。

『…まったくまったく、この公園林の杉の黒い立派な緑、爽やかな匂い、夏の涼しい陰、月光色の芝生が、これから何千人の人たちに、本当の幸いが何だかを教えるか、数えられませんでした。

そして林は、虔十がいたときのとおり、雨が降っては、透き通る冷たい雫を、短い草にぽたりぽたりと落とし、お日様が輝いては、新しい綺麗な空気を、爽やかに吐き出すのでした。』


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# by 09donpo11 | 2017-04-23 07:08 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑧虔十さんが運んだバケツ500杯の水は?  

『虔十』というキーワードでいろいろ検索していましたら正に「虔十」という名そのもののカフェが月島にありました。そしてその店で月に一回宮沢賢治作品を花巻弁で読むという朗読会があるという情報を得て419()例会に参加しました。賢治さんのファンは根強くいます。そして皆さん賢治さんが好きな方たちばかりです。参加者は朗読をする演者も含めて21名。いい感じの規模です。自分も年6回『ワンコイン朗読会&朗読広場』という朗読会を主宰している立場なのでこのくらいの人数の方が常時参加してくれる朗読会を開催できているこの朗読会のスタイルに憧れを感じました。

閑話休題。

さてまた虔十さんのお話しに戻りましょう。

『…おっかさんに言いつけられると虔十は水を500杯でも汲みました。一日いっぱい、畑の草も取りました。けれども虔十のおっかさんもお父さんも、なかなかそんなことを虔十に言いつけようとはしませんでした。…』とあります。虔十さんの人柄がよく出ている一節です。

今では家事労働もあらゆることがらが電化され自動化され、さらにハイテク技術がすすみ、何事も世話なしになっています。 

「一日いっぱい畑の草を取る」家の手伝い、これはすぐ想像できます。さて、一方

「水を500杯でも汲む」という家事労働はどんな内容だったのだろうと様々に思いを馳せてみます。

ここから先は私の勝手な想像の世界ですが、ちょっとおつきあいくださいね。

家のすぐそばに用水路が引いてあり、そこからバケツに500杯の水を汲んで何かを満たす…、さて、なんだろう。五右衛門風呂に水を溜めることでもしたのだろうか?普段は筧の水を引き込んで用無しだったものが何かの事情でその日は一日使えず修理中だった。

コックの栓をひねれば水がよどみなく出る水道が行き渡ってない時代であればそんな出来事もあったでしょう。水は人が暮らす上で極めて貴重です。

農家の仕事をしている家庭では一日の労働を終えて、汗まみれ埃まみれになった身体を風呂で洗い流すというのは極めて御馳走です。

こうした生活の有り様の細部までを感じ取り、分かっていた虔十さんだから黙々と水を運び続けたのでしょう。

不承不承に500杯の水を運ばされていたら全くの『苦役』ですが、ここでは違います。

家族のみんなのために役に立ちたいという心根が500杯の水の運搬をやり遂げたのでしょう。

その結果ヘトヘトになって寝転ぶ虔十さんがいたのでしょうか、

『…けれども虔十のおっかさんもお父さんも、なかなかそんなことを、虔十に言いつけようとはしませんでした。』とあります。

疲労困憊でバテているけれども達成感に満ちた目の輝きの虔十さんです。その姿を見つめるおっかさんお父さんのまなざしを感じます。

水を500杯運び続ける過程で自分の目で見て、自分の脳みそでものを考え、あと半分、あともうちょっと、あといっぱいというように疲れた身体を励まし、家族のみんなの役に立ちたいという思いを貫きました。

ついに500杯もの水を運んだのです。

賢治さんの両の手のひらはすっかりまめができて潰れていたかもしれませんね。

誇らしいてのひらです。けれどもちょっと痛々しいてのひら。

お父さんは筧の水樋の修理を急いだことでしょう。

こんな家族間の心の交流が想像されます。

電化も自動化もされてない不便さ()は決して悲しいものではなく、むしろ心豊かな人々の暮らしがそこに脈打っていたのです。


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# by 09donpo11 | 2017-04-22 04:32 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

第15回ワンコイン朗読会&朗読広場を開催します。

日時 5月20日() 

開場13:30  開演14:0015:15頃  

参加費500(お茶と菓子付き)です。

会場 旧押立カフェ(稲城市押立945-9)

アクセスJR南武線矢野口下車徒歩9

矢野口駅改札出て左、北口を出て左折JRの高架の下の側道に沿って歩く(立川方向)

二つ目の『止まれ』の交通標識を右折し(四小通り左方向にカーブしている)道なりに23分歩き、前方に手作りパンの店が見えたらその奥隣り。

今回の演目

宮沢賢治・作 『虔十公園林』

◆ 朗読広場での朗読参加者を若干名募集中です。


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# by 09donpo11 | 2017-04-20 22:37 | 朗読&朗読よもやま話 | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑦人としての虔十の輝き

虔十公園林・考 ⑦人としての虔十の輝き

作中から引用しますと『…雨の中の藪を見ては、喜んで眼をぱちぱちさせ、青空をどこまでもかけていく鷹を見つけては、跳ね上がって手を叩いて、みんなに知らせました。…』

虔十さんにとっては自然界の森羅万象は驚きと感動に満ち溢れたものなのです。

わー雨だ。冷たいな。気持ちいいなぁ。藪が雨に濡れてきれいだぞ。まぶしいくらいにきれいだなぁ。…わぁ、『鷹だぁ』青い空をどこまでもどこまでも飛んでいくぞ。鷹かっこいいなぁ。鷹ってすごいな。僕も鷹になりたいなぁ。その感動や憧れを虔十さんは跳ね上がって拍手で表現します。そしてさらに、「ほらみんな、鷹だよ。素敵でしょ」と知らせます。

風がどうと吹いて、ブナの葉っぱがちらちら光ると、それだけでももう嬉しくてうれしくてひとりでに笑えて仕方ありません。

けれども周囲の人たち、とりわけ子供たちが馬鹿にして笑うものですから笑われないような工夫をしつつもそれでも彼は自分の感動や喜びを伝え続けます。

虔十の家の後ろに大きな運動場くらいの野原がまだ全く手つかずの状態で残っていました。『おがあ、おらさ、杉苗700本買ってけろ』700本という数量をどうやって算出したのかは判りませんが、たぶん尺取虫みたいに一歩ずつ実測してうんと手間暇かかりながらも計算したのではないでしょうか。ある時風が吹いていて何処かの杉林を見たら「アッ、杉の樹がみんなして『おーい、元気かぁ?』って手を振ってくれている」って思ったのでは…。

『杉苗700本買って…』という虔十さんの提案に戸惑う母や兄。けれども一家の長たる父親がこれを了承してくれます。とてもよろこんだ虔十さんは唐鍬を持ち出し空地の芝をぽくりぽくり掘り起こして杉を植える穴を掘り始めます。

自分の望みが聞き入れてもらえた嬉しさにじっとしてなんかいられません。即行動です。

「杉の穴は植える直前に掘らないとダメなんだ」と兄にたしなめられ、気まり悪そうに鍬を置きます。翌日はよく晴れて、ひばりが高くさえずり、もう嬉しくてこらえきれず兄から作業の段取りを教わるなり杉苗を植える穴を掘り始めます。

実にまっすぐに、実に間隔正しく穴を700掘り続けます。一体何時間かかったでしょうね。

空地の底は堅い粘土質の土地でしたから、杉は5年までは緑色の芯がまっすぐに空の方へ伸びていきましたが、それ以上は伸びず、木の先端が丸くなったまま何年たっても3メートル弱の長さのままにとどまります。「杉林の杉」という観点からみれば商品価値のない貧弱な育ちっぷりの杉です。(結果オーライですがかえってこの木の高さと育ち加減が子どもたちの格好の遊び空間となるのでした。)

周囲の大人たちからは『やっぱりバカはバカだ』と笑われ、からかわれます。

『…あの杉ぁ枝打ぢさなぃのか?』との冗談を真に受けて、上の方の枝を三・四本位ずつ残して夢中で下枝を払う虔十さんです。すっかりがらんとなった杉林にぼんやりと立っている虔十さんに野良から帰った兄さんが『おう、枝集めべ、いい薪ものうんとできた。林も立派になったな。』と機嫌よく言います。虔十さんに対する虔十さんの家族のあったかさがにじみます。

がらんと隙間だらけの虔十さんの杉林は子供たちの格好の遊び場として変貌します。

本当の幸とはなんなのかを人々に感じ取らせる杉林はこうして後世に残りました。

気持ちが純粋で正直な虔十さんです。その虔十さんが隣の畑の持ち主の平二から『虔十、きさんどこの杉伐れ』と執拗に恫喝されます。この時虔十さんが一生のうちでたった一度きっり人に対する逆らいの言葉を一言「きらない」と明言します。この一言にどれほどの思いをこめて虔十さんは平二に言ったことでしょう。生涯に一度きりの逆らいの言葉…それはそれはすさまじい一言だったと思います。

さて、その秋に虔十さんはチブスで死にます。平二も同じ病気で死にます。虔十さんはおそらく二十歳前後の短い生涯だったことでしょう。

虔十公園林という作品を通じて、宮沢賢治さんは人の心の美しさ、家族愛、自然との共生という生き方の意味するところなどを伝えてくれていると思います。


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# by 09donpo11 | 2017-04-19 09:12 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)