ばぶのばぶなひとときをご紹介します
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カテゴリ:保育ネタ( 33 )

虔十公園林・考 ③虔十という人とかつて学園で出会った人たちと  

ちょっと昔になりますが数年間でしたが、横浜市立の成人の知的障碍者生活介護型施設で木工クラスのインストラクターとして学園生の木工制作のお手伝いをした時期があります。

活動が『作業』とならぬように工夫をいろいろ試みました。

活動内容が単調にならないように制作の工程に変化を用意しました。

例えば杉板を糸鋸盤で切り抜く活動の次の工程に耐火ボードのかけらを数か所点在した状態でテーブルコンロ用のガスボンベのバーナーで杉板全体を広く焼くと焦げているところと焦げてないところのある白黒の焼き板が完成します。

パンダや猫や牛の形に切り抜いてこの焼き焦がしをすると面白い白黒模様の動物に仕上がります。

喜怒哀楽がストレートですから完成直後のワクワク感を大事にしました。

木工クラスの学園生さんたちは一人一人さまざまで、いつでもにこにこしている人もあれば、不機嫌を絵に描いたような不愛想な人もあれば、その日その時で気分の浮き沈みの振れ幅が実に極端に大きい人もいました。

嬉しいこと楽しいことに対して敏感で率直で感覚的反応でした。

虔十さんのお話の中で嬉しいこと楽しいことに対してそのまんま自分を表現する虔十さんの行動はかつて学園生の木工クラスで関わった人たちの印象とダブるところがありました。

例えばこんなところがそうです。

『…雨の中の青い藪を見ては、喜んで目をパチパチさせ、青空をどこまでもかけてゆく鷹を見つけては、跳ね上がって手を叩いて、みんなに知らせました。…』

『…風がどうと吹いて、ブナの葉がチラチラ光るときなどは、虔十はもう、嬉しくてうてしくて、ひとりでに笑えて仕方ないのを…』

『…虔十は、まるで喜んで、すぐにまっすぐに、家のほうへ走りました。そして納屋から唐鍬を持ち出して、ぽくりぽくりと芝を起こして、杉苗を植える穴を掘り始めました。』

『次の日、空はよく晴れて山の雪は真っ白に光り、ひばりは高くたかく昇って、チーチクチーチクやりました。そして虔十は、まるでこらえきれないように、にこにこ笑って、…』

一人の百姓が冗談に言った「枝打ち」の話を聞いて山刀で

『…片っ端から、パチパチ杉の下枝を払い始めました。…』

それも700本全部の杉の樹の下枝を払い落したのでしょう。これって相当な量ですよ。軽トラックの荷台に積み上げたとしたら一体何台分の量になるでしょうね。

『…学校帰りの子どもらが50人も集まって、一列になって、歩調を揃えて、その杉の樹の間を行進している…(中略)…虔十も喜んで、杉のこっちに隠れながら、口を大きく開いて、ハアハア笑いました。』

見聞きして面白いと感じたら「ひとりでに笑えて仕方ない」のであり、願いが叶ったと解ると、もう即やってみたい人で、こらえ性がなく行動にでます。そうせずにはいられないのです。自然人なのでしょうね。私たちが皆、本来持っていて成長の過程でいつの間にか忘れかけている姿なのかもしれません。


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by 09donpo11 | 2017-04-15 02:48 | 保育ネタ | Comments(0)

『じぶんで!』&『やって!』の時代…『自分でやって』の一つ前の時代

『じぶんで!』&『やって!』の時代…『自分でやって』の一つ前の時代



保育園の中にある一時保育室からのレポートです。

保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 

一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。

曜日によって登園するメンバーが異なります。

その分少々ややこしい面もありますが一方極めて面白い保育です。

2歳から3歳にかけて、ピンポイントで独力のみでやりたがり、なまじの大人の手助けや、助言を強烈に拒否し、時には自分の思いや心づもりが通らないからとか、段取りが気に召さないからとかで、泣き叫び、怒りまくる、その勢いたるや銀河の彼方まで届けとばかりの激しさです。何せ自己中心時代です。広い銀河のど真ん中に自分がいて世界が周囲にあるという「天動説」の世界観です。

一人で怒っているときにはまだよいのですが、それが周辺への八つ当たりも混在して表出されると、実害も派生してきますから対応の適切さがその子に付き合う大人たちに求められてきます。

ここは保育園の中にある一時保育室。毎日通級してくる子たちではありませんのでその子の育ち加減の近々のデータ不足の中で保育が展開されます。

前回までのその子の印象と今日の生の姿のそれぞれの断片をつなぎ合わせ推測して、まさに想像力を駆使して対応していく保育です。

こんがらかった紐の束を力技でなく根気よく解きほぐしたり、初手から掛け違えているボタンをさりげなく外し、ボタンを本来の位置にかけ直す手伝いや、その子の思いを相手の子に伝わるように言葉を添えたり、相手の言い分を聞き留めその子に橋渡ししたり…。

『今すぐ欲しい・使いたい』が即叶わぬ状況はいくらでも発生して、時には、「売り切れです」の現状をまず気づかせ、双方の気持ちを汲みつつ、両者に展望を示します。

「あとでおわったらかしてねっていおうね」とか「おわったからはいどうぞ」というちょっと先の見通しをその子のイメージの大地に植樹します。

そして「はいどうぞ」と譲ってもらったら「ありがとう」の言葉と気持ちを相手に添えることを丁寧に繰り返しあたりまえの生活感覚の一部として定着していけるように援助していきます。「はいどうぞ」と譲ってあげたら「わっ、素敵」「かっこいい」とことばを添えます。ただし上っ面だけの形でのやり取りとならぬよう、本気の処でそれぞれの満足や納得を見極めます。何故なら子どもたちは子どもたちなりに相手と自分との力量さや我の強さ加減を肌身で読み取っているものだからです。

この時代は『自分で(やりたい)』の盛りでありながらその一方、平素自力で難なくできていることをその時に限って『やって』とか『できない』とかと甘えたり頼ってきたりする面も同時進行で混在しています。この両極の振れ幅の中で駄々をこねながら心の奥深いところでささやかながら着実に育ちつつある感性があります。

やがて経験智と経験量で習熟すると『自分で』&『やって』の時代は、その次の段階に入り『自分でやって』と挑ませたり、時には厳しく突っぱねたりの叱咤激励の時代に移行していきます。着実な力の育ちを見守って手間暇のかかる時代の子育てならではの貴重な時間を味わって(面白がって)います。


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by 09donpo11 | 2017-03-15 21:42 | 保育ネタ | Comments(0)

一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描⑦ 「きれいになったかな?」鏡を覗いて


一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描⑦ 「きれいになったかな?」鏡を覗いて




保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。


1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。曜日によって登園するメンバーが異なります。その分少々ややこしい面もありますが一方極めて面白い保育です。



給食の食べ終わりに麦茶を飲みます。


そして保温してあるおしぼりで自分の口元と手指の汚れを拭き取ります。


1歳児の場合は保育者が行います。


何でも自分でやりたがる2歳児になってくるとこの場面で保育者は直接手を出さずに子どもさん自身に拭き取りを促し傍で見守ります。


そしてきれいに拭けたかどうかを点検し「オーケー」を出します。


子どもさんたちは日々成長しています。


自律度はどんどん習熟していくので、子どもさん自身が自分の脳みそを使って考え判断していけるように環境を整えたいと思いつつ仕事をしてきました。


この保育室には壁に鏡がありませんでした。


鏡が一つあれば次の段階へとステップアップできます。



12月の後半頃に壁に鏡を取り付けました。


食後の後始末(おしぼりで汚れをぬぐう)をした子どもさんに「鏡の中を覗いて見てごらん、きれいに拭けたかなぁ?」


この問いかけへの一人一人のお子さんの反応が様々で面白かったです。


・シャイな子は鏡のところに行きません。あるいは素通り。


・鏡を覗き込んでいるものの何しに行ったか忘れてご機嫌に歌を歌っている子もいます。


・おしゃまさんは鏡を覗き込んで自分の姿が映っていることをうっとりと確認します。


・口元の汚れが拭けているかをピンポイントで点検している子もいます。



壁に鏡を一枚付けたことで、毎回の食事やおやつの後におしぼりを使い手指の汚れと口元や口周辺の拭き上がり加減を自己点検できるようになりました。


当初は形骸化しかかっていたこの手順(子どもさんによっては儀式?)も最近では厳しく自己チェックして「まだよごれてる」と拭き残りや拭き残しを『発見し、拭き直し』をしに自分の食事した場所に戻りもう一度拭き取るこどもさんの姿も出てきました。


こういうところの育ちのプロセスを大事に見守っていってあげたいと思っています。



「百聞は一見に如かず」ということわざがあります。昔『じゃりン子チエちゃん』という漫画で「ひゃくぶんはみたらわかる」というギャグがあってツボにはまってしまった私は呵々大笑した感動が今でもあります。子どもさん方が鏡を覗いてそれぞれ自分の始末のチェックをしているさまざまな様子が実になんともほほえましいのです。




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by 09donpo11 | 2017-01-23 21:08 | 保育ネタ | Comments(0)

一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描⑥ はしゃいじゃおう  

保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。

1~2歳児の縦割り仲間です。 

一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。

曜日によって登園するメンバーが異なります。

その分少々ややこしい面もありますが一方極めて面白い保育です。

お正月休み明けの数日は、特に登園してくるお子さんが少ない保育室です。

たまたま普段自己主張の強い子の陰で目立ちにくいお子さんが二人(男の子が一人女の子が一人)、お昼寝から起きてきました。

他のお子さんたちはぐっすりとよく寝ています。

目覚めた二人にしてみればいつも通りの午睡の眠りの長さで目覚めたにすぎません。

他のお子さんたちは実にぐっすりとよく寝ています。

起き抜けの二人が穏やかにゆるゆるとあそべるおもちゃを今日も用意します。

とりあえずいつものパターンでデュプロブロックなどで騒がしい音もたてず静かに遊んでいました。

他のお子さんたちはよく寝ています。

こんなチャンスはめったにありませんから私のこころの中で『レッツ・はしゃいじゃおう』のギアスイッチをロウからドライブに入れてちょっとかまってみました。

段ボール製のおうち(パーテーション)を使って、二人をお家の壁で取り巻きました。

お家といっても屋根のないモンゴルのパオみたいな空間です。

壁には○△□の窓があちこちに明けてあります。

空間をすぼめたり広くしたりして不思議の国のアリスのお家もどきで、まず私自身がはしゃいで不思議空間の不思議を演出します。

二人も私の笑い声と不思議オノマトペに共鳴してケラケラ笑い出し、やがてげらげら笑いだし、さらにはげたげたと笑いのマックス域にせりあがってきました。

それなのに他のお子さんたちは二人の大笑いにもかかわらず、ぐっすりと眠りつづけています。

時間的にはもういつでも起き出してきても構わない頃合いです。

『レッツ・はしゃいじゃおう』のギアスイッチをドライブからハイトップに入れて、おうちの壁のほうがぐるぐる回ります。

中の二人は床の上に座っているだけなのですが、周りの壁がぐるぐる回っているのを見ているうちに、まるで自分たち自身がフィギュアスケーターのスピンをしているような錯覚状態になるのでしょう。笑い声のマックスは超マックス。

酔っ払い声のようで、おやおや、よだれまで垂らしちゃって…。

それなのになんとほかのお子さんたちはまだ眠っています。

夕方お母さんがお迎えに来た時に「おもしろかったねぇ」と報告していました。

このはしゃぎあそび体験の印象を大事にしてあげたいと思います。


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by 09donpo11 | 2017-01-05 22:17 | 保育ネタ | Comments(0)

 一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描④ となりどうしへのあこがれ


保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。

1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。曜日によって登園するメンバーが異なります。その分少々ややこしい面もありますが一方極めて面白い保育です。

仲間関係が深まってくると、あそびの相手というとき以外にも自分の好きなお友達と一緒に行動したくなります。

お散歩に出るときの道中の『手つなぎ』のパートナー「○○ちゃんとおててつなぎたい」、食事の時の隣りあう席を「○チャンのとなりがいい」、午睡の時「となりどうしのおふとんがいい」などとリクエスト(ラブコール)をして相手との気持ちの距離感の強さが色濃く出てきます。

こうした希望表明は登園する日を追うごとに微妙に変化しますからその希望を大事に受け止めて願いの叶うように対応します。…が、スムーズに行かないこともあり、それはそれでその子その子の心の育ちのありようを読み取る手立てになります。希望が交錯するとややこしくなりますが、そのややこしさが心を育てます。

手つなぎの場面で、あーちゃんといーくんがてをつなぎました、すると、うーたんがいーくんのもう一方のあいている手をとりました。その様子を見ておーちゃんがあーちゃんの反対の手にしがみつきました。3人くらいまではそのまま出発できますが、あららどうしましょう、と思っていましたら、あとから駆け付けたえっちゃんがうーたんとおーちゃんの手をつないだので、手つなぎは小さな輪っかになりました。なんか変です。みんなげらげら笑って、あるきだしたらぐるぐるまわりになってこれでは散歩に行けません。ほどのよいところをみはからって、二人つなぎと、三人つなぎの組み合わせになってもらって「さあ、しゅっぱつだー」

部屋にはテーブルが二台あります。一台は6人掛け、もう一台は4人掛けです。テーブルの高さは6人掛けのほうが45ミリ低いです。主に1歳児さんが低いほうのテーブルに、2歳児さんが高いほうのテーブルに着席します。席順は毎回自由ですから、『好きな場所に座ることにこだわるお子さん』と、『好きなお友達の隣に座りたがるお子さん』といます。

食事場面で、「△クンのとなりがいい」「△△ちゃんのとなりにすわりたい」こうした主張をするのは2歳児さん(3歳のお誕生日をする子・した子)たちですが、保育室での生活も4月から6カ月~7カ月も経ってくるとすっかり仲間関係も深まってきていますから1歳児さん(満2歳のお誕生日をした子・する子)の中にも積極的に「・・・となりがいい」と希望を主張するお子さんも出てきます。隣席は一つないし二つしかありませんから、希望が3人以上重複するとその調整がややこしくなります。

どうしても隣がいいという主張を曲げない子には「お向かいの席だったら○ちゃんのお顔がよく見えるけどどうかしら」などといった新たな発想を提案して妥協案を探ります。


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by 09donpo11 | 2016-12-01 19:21 | 保育ネタ | Comments(0)

一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描③  



保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。

1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 

今回は端的に言いますと「排泄の自律」のお話です。

日中の大半を「オムツ」で過ごしていた子供さんが、やがて「パンツ」での生活へと替わっていきます。おむつからパンツへの過渡的な日々、それはささやかですが実にドラマに満ちた日々です。排泄の自律を獲得していくお子さんたちにじっくり付き合っていくと、精神面での自律も併せ持って読み取っていけます。

いろいろなお子さんがいます。個々の生理的な条件や、その日の気分や体調や何やかやが絡んで来ますから、たいていの場合「オムツからパンツへの移行」はそうそう簡単には移行はしません。

遊びに夢中になっていて「おもらし」する場合や、トイレに行こうとしていたのにその手前で間に合わずに漏れちゃう場合もあります。

けれどもたとえおもらししちゃってもそれを「失敗」というスケールで見ないように心がけています。

もれちゃった場合は『失敗という評価や叱責』を持ち込まずに、その事実は事実として等身大のありのままを共有します。それ以上でもそれ以下でもないありのままの受け止めが大事です。

次への励みや希望や憧れとなるような対応を大切にしています。ドンマイ、ドンマイ。

肝心なのは「尿意」を感じ取れること、尿意を感じつつも漏らさないよう自分の身体を調整できるようになることです。その時の『自分の身体のありようを感じ取れ調整できること』が何よりもそのお子さんの自負という心映えの礎の一つになっていくのです。子どもさんの生活とあそびの丸ごと全体の処で付き合っていくとそのささやかな変化や波及効果の過程を感じ取れるものです。

「排泄の自律の獲得」はそのお子さんとそのお子さんに付き合う大人とが『信頼』をベースに二人三脚で取り組んでいく素敵なドラマなのです。

「漏れちゃったね、そんじゃあ 新しいパンツととっかえようか こん次はどうかな」

排泄の自律の過程につき合えることの喜びは保育という仕事を通じて味わえる醍醐味の一つです。


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by 09donpo11 | 2016-11-30 03:36 | 保育ネタ | Comments(0)

一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描②


保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 

最近のことです。喧嘩の仕方に成長を感じ、ちょっと感動してしまいました。

大概は仲よく遊んでいますが、時として喧嘩もします。喧嘩といっても大人から見ればたわいのないものですが、彼らにしてみれば真剣そのもので本気むき出しの喧嘩です。

その分ややこしいといえばややこしいし、単純といえば単純です。

その場の『やきもち』はあっても、『心に深く根に持った感情がしこっている』だとか、『相手へのさかのぼった怨念』だとかはありません。23歳の子どもの喧嘩は大人の喧嘩とはこの辺りが全く性格の異なる喧嘩です。

物の取り合いで、とった、とられたで『今泣いたカラスがもう笑う』のはその瞬間その瞬間を精一杯に生ききっているからです。

主な喧嘩はモノ(おもちゃなど)の取り合い、場所の取り合いなどに関連した出来事です。

手にしたもの目に入ったものは自分のもの、さっき使っていたものの印象や記憶は全部自分のもの。

自分という小さな自我が全宇宙のまん中にあって、世界(天は)は自分の周りをまわっている、コペルニクスもびっくりの『超天動説時代』まだまだ自己中の時代です。世界の見え方が違います。

子どもさんにもいろいろの気性がありますから、穏やかでおっとりしたお子さんたちの登園が多い日は比較的平和でのどかなのですが、似たような傾向(好みの色、こだわりやこだわり方、独占欲求)をはっきり主張する子どもがかち合う曜日は喧嘩の頻度も増します。

○○ちゃんと△△ちゃんが二人同日登園する日は、なかなか穏やかな一日にはなりません。二人の月齢差は約一年ほど離れていますが、一旦物の取り合いとなると時には過激な事態にもなりかねませんので普段以上に事の成り行きや経緯を把握しなくてはなりません。

二人は約週一ペースで遭遇しますので担当職員として二人の様子や駆け引きや言葉や言葉のやり取りなどはいわば「定点観測」することができます。複数担任ですからたとえば喧嘩にしてもその全体状況を複眼で捉えることができます。

担任同士先週、先々週の喧嘩の印象などを報告し合ってみたら、今日の喧嘩の様子は二人ともそれなりに『手加減』したり『強引さが緩くなって』いたりしていることが見て取れました。

喧嘩しながらも経験智が増えお互いに関わりの中で学び合っている、心が育ちつつあると読み取れたら妙に感動してしましました。


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by 09donpo11 | 2016-11-27 17:38 | 保育ネタ | Comments(0)

一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描①

保育園の中にある一時保育室です。

保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 

給食の時のことです。その日給食室から出された献立を完食するお子さんは殊更に問題ありませんが、なかには「これきらい」「たべたくない」「いらない」と主張するお子さんがいる場面があります。家庭での食習慣や食事の傾向や考え方もいろいろですから,保育室に来た時だけみんなと足並みそろえるというのは土台無理があります。

ですから「嫌だ」というその子のその時の気持ちそのものをまず尊重します。

その子の口から嫌だと言えること、言い出せる人間関係が成り立ってこそ始めてその先に信頼関係が育つものだと考えます。自分の嫌だの気持ちがこの大人に受け止められている・判ってもらえていると子どもさん自身が実感できることこそが全ての始まりです。

保育者としてできれば『一口でも食べてほしい』という願いは当然あります。その思いを内に秘めつつ、食べることへの関心が少しでも向かうような働きかけにはいろいろ工夫を凝らしています。

同じテーブルで一緒に食事をしているお友達の様子を伝えたり、おいしそうに食べている子から『おいしいよ』の言葉が出るように嫌がっている子の周囲に働きかけます。

食事をしている子どもたちの全体に対して「おい・しー・かい?」とか「たべ・てる・かーい?」などの言葉を添えて楽しい食事・美味しい食事の雰囲気を盛り上げます。

食事は文化です。「たのしくたべる」「おいしくたべる」ことこそを最大限大切にしています。嫌がる子に対して安易に『がんばって(食べてみよう)』の類の言葉は極力使わぬように心がけています。食事は本来頑張る対象ではないと考えます。

ある日のことです、うんとかまってほしい男の子と、お友達のお世話を焼きたい女の子とが隣り合わせで食事していました。「たべたくない」という彼。

隣の彼女はその時たまたま完食の直前でした。

一計を案じて「○ちゃん、△くんのスプーンでひとくちたべさせてあげてくれる?」

「うん、いいよ。○ちゃんほらたべな」

すると魔法がかかったかのように彼は素直に口を開け、食べました。

あんなに頑固に嫌だを連発していたのに、その日の彼はこれが小さなきっかけとなってお隣さん同様の完食でした。


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by 09donpo11 | 2016-11-14 23:55 | 保育ネタ | Comments(0)

60年後に思いを馳せつつ  



保育園の中にある一時保育室です。

曜日ごとに毎日登園してくる子の顔触れが変わります。満2歳になる子から満3歳になる子たちが一日最大10名定員の保育室です。実にいろいろなお子さん方がいます。

私は先月63歳になりました。

私が日々付き合っている子どもたちの60年後に思いを馳せながら保育の仕事をしています。

目の前の彼らの殆どは今から60年後もきっと生き続けて社会の中で活躍しているでしょう。

今から60年後の私は間違いなく生きてはいません。だからどんな命のバトンを彼らに手渡せるのかと日々自問自答しつつ仕事しています。

これから先の60年後の日本はどのような状況でしょう?

原子力発電所の事故現場ではその事故処理が果たしてどこまで進展していることでしょう。

原発からでる『核のゴミ処理』はどこまで技術が進んでいるでしょう?

原発事故現場では今よりもはるかに高度な能力を発揮するロボットが沢山働いているでしょう。

そのロボットたちを設計できる学者、その図面通りに寸分たがわずに加工&組み上げられる職人 (技術者)、組み上がったロボットをあたかも自分の身体の一部のように操作しきれるオペレ-ター、事故現場で予測を超えた緊急事態が発生したときに冷静沈着に現場全体を俯瞰して的確な指示を次々と出せる統括者や統括チーム。

現場で働く作業者に美味しいお昼ご飯を提供できる料理人、できた美味しいお食事を笑顔で配膳して『疲れた身体を癒し元気回復を提供』できるスタッフ。

ありとあらゆる人材が必要です。社会全体が大きなネットワークとなって問題解決に取り組んでいるでしょう。

そのありとあらゆる分野の人材になるかもしれない可能性をもったひとたちの乳幼児期の感性の根っこのところを日々の保育を通じてせっせと耕している…そんな保育を展開できる自分でありたいと思うのです。

と同時に同じ思いで東日本大震災後の復興支援をこれからもできる限り長く続けていきます。


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by 09donpo11 | 2016-10-05 23:20 | 保育ネタ | Comments(0)

「戦いごっこやりたい」・・・今できることとできないことを伝える  

保育園の中にある一時保育室です。毎回日々の保育の中で感じたささやかな感動をお伝えしています。

毎曜日登園してくる子どもさん方の顔触れが異なります。今年は登録しているお子さんの多くが女の子さんであるというのが特徴のようで、たいていの日は女の子が主流派で男の子がぽつんぽつんという曜日のほうが圧倒的に多いのです。

が、それでも月曜日だけは「マンデイボーイズデイ」で唯一男の子が大半で、女の子がぽつんぽつんという曜日なのです。今日は月曜日です。

いろいろなあそびがありますが、男の子はやはり『ヒーロー戦隊ごっこ』でそのキャラになり切って暴れあそびを好んで楽しむお子さんが圧倒的に多いです。湿度の高い日などはまるでサウナ室から出てきたのかと思わされるほどに汗ばんで嬉々とあそんでいます。

あそびとしての『戦いごっこ』に対しては保育界でも賛否両論百出の機運がありますが、私の立場・考え方の基本はこれを拒否するものではありません。

子犬や子猫やお山の熊の子も産まれ落ちたときの兄弟とレスリングあそびをしながら沢山のことどもを学んでいきます。自分の身体の使い方や身のこなし、相手に加える力加減の程、防御の受け身等々。その自然なあそびの姿の中に人間の子どもたちもお手本のように学べるものがあふれています。人間の子ども、とりわけ乳幼児期の子供たちはまだまだ「人間」になり切っていない人間以前の「野性を持った動物に近い段階」にあります。 

若い大学生のお兄さんがバイトで入ってくれている日はあらかた彼がその『戦いごっこ』の相手をしてくれていますが、何かの都合でそのシフトに変更や微調整がかかると子どもさん方は私にヒール役を求めてきます。やはり誰か悪者とか悪役とか怪獣とかお化けとかがいないとヒーロー伝説は華々しさを欠いて味気ないものになります。個々ひとりひとりの子どもさん方の「力量」や「好み」や「怖がり加減」「無鉄砲加減」などを総合的に考慮しつつ、彼らのリクエストに応じてどんなキャラにもなります。

時には「ちょっとだけこわいかいじゅうになって」だとか「うんとおっかないお化けになって」など遊びの途中で微調整を加味しつつ悪役を演じます。悪役は結構面白いのです。

保育キャリア42年ですからいぶし銀の『わるものさま』の登場です。

加減を知らないわけですし加減の調整が上手にできない段階ですからこれを実践的に伝えるにはそのあそびの渦の中に参加しつつ「あーぁ、今のキック痛かったぞ」「痛すぎるのやだ~ぁ」「もっとうそんこでやってよね」と力の加減を伝えたり、かなりリアルに痛がったりいろいろ表現の粋を尽くします。時には、やられたのとほぼ同じくらいのインパクトを相手のお子さんにやり返して「ね、痛いでしょ。わかった?やりすぎよ」と実践的に伝えます。一回限りではそう簡単にわかる力加減の世界ではありませんから、そこは「反復練習」の修練の世界です。

今日も朝から午前中の大半は『戦いごっこ』です。ところが今日はバイトのお兄さんは途中でほかのクラスの保育の助っ人にシフトとなりました。

急遽のオファーを受けていぶし銀のワルモノサマの登場です。いつもと一味違う戦いごっこです。その余韻を引いています。

お給食が済んで午睡に入る前のひと時に彼らは『たたかいごっこ・パートⅡ』をやりたいのです。食事が済んだ直後ですし、入眠前にあまり興奮させすぎてはその後の生活づくりの塩梅が宜しくありません。

彼らの欲求を頭ごなしに全面否定はしたくないので難易度の高い提案を持ちかけました。

「静かにあばれられる?」提案しつつも無理だろうなと思いましたが「できる」とへんじ。

「じゃあ約束よ、うるさくなり過ぎたらおしまいにするよ、わかった?」「うん、わかった」

なんとその直後の数分間、実に見事()に静かにあばれています。やればやれるもんです。

とはいえまだ2~3歳の子どもたちです。だんだんエスカレート、してきます。無理もないことですがとうとう閾値を超えるほどのレベルとなりました。ドクターストップ発令です。当然「やだ」「もっとやりたい」と反発です。

先程の念押しの約束事の中身をピンポイントで改めて伝え、そして新たに、『お昼寝から起きておやつ食べたらまたあばれあそび(戦いごっこ)いっぱいできるよ』

先の見通しとイメージが持てたのでしょう、見事に聞き分け午睡の態勢に入れました。その見事さに感動してしまいました。


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by 09donpo11 | 2016-10-03 23:09 | 保育ネタ | Comments(0)