ばぶのばぶなひとときをご紹介します
by どんぽのばぶ
プロフィールを見る
画像一覧
カテゴリ
全体
アップしそびれていた日記より
3/11を忘れない
ばぶさんのお話しおじさん
ものづくりのあれこれ
華麗なる加齢ライフ
人生を共にしている生活道具
日々の暮らしの中で
保育ネタ
ばぶさん童話
ばぶさん童心話
ばぶさんポエム
災害を忘れぬために
ばぶさんな童話
ばぶさんの朗読タイム
朗読&朗読よもやま話
クッキングばぶさん
イソップイばぶさん
ばぶ式ガーデニング
震災支援活動
感動のおすそわけ
健康と病気
工房日誌
子育て・子の育ち・あそび
未分類
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
フォロー中のブログ
生きる詩
梟通信~ホンの戯言
遺言
花と葉っぱ
オアシスの庭/ボヤントメ...
雑画帳Ⅱ
* 雫 * 
ゆるりんのポレポレ日記
ゆっくり生きる
人生って つむじ風、いつ...
グルグルつばめ食堂
Harvest Moon
秋田おじゃろぐ 
富士山大好き~写真は最高!
山歩路通信―さんぽみちつ...
おすすめ海外情報 ~ta...
長女Yのつれづれ記
気ままな日々綴り
こどものにわ
Night Flight...
墨のかほり
シヴィライ村便り~ラオス...
春のよき日に vol.2
momopororonの...
そらみて
最新のコメント
ご無事でよかったです。
by paje1912 at 23:45
この場所が朗読愛好者の交..
by 09donpo11 at 13:13
猫に哲学を学びました。 ..
by 09donpo11 at 11:06
kyao67さん コメ..
by 09donpo11 at 02:55
momopurinnさん..
by 09donpo11 at 23:16
もう一度保育の現場で、1..
by kyao67 at 21:07
娘が赤ちゃんの頃 はい..
by momopororon at 11:02
若いころの保育士だった私..
by 09donpo11 at 23:21
子どもには泣く権利も、怒..
by 09donpo11 at 05:40
手遊び♪一緒に出来るくら..
by kyao67 at 13:33
皆それぞれがある程度の力..
by 09donpo11 at 23:39
こんにちは。 スペース..
by つねさん at 10:08
> 鬼藤千春の小説・短歌..
by 09donpo11 at 01:58
はじめまして!あるブログ..
by 鬼藤千春の小説・短歌 at 10:14
今から23年も前の話です..
by 09donpo11 at 23:29
嫌いなもの、嫌いなことが..
by 09donpo11 at 20:38
こんばんは。 私も年々..
by souichinoyume at 00:10
贖いきれない状況を孕んで..
by 09donpo11 at 21:40
「センス・オブ・ワンダー..
by kyao67 at 21:08
日本語は心豊かな実に奥深..
by 09donpo11 at 21:53
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
『タッチ』  手のひらから心..
at 2017-04-25 06:31
虔十公園林・考 ⑨ 雨が降っ..
at 2017-04-23 07:08
虔十公園林・考 ⑧虔十さんが..
at 2017-04-22 04:32
第15回ワンコイン朗読会&朗..
at 2017-04-20 22:37
虔十公園林・考 ⑦人としての..
at 2017-04-19 09:12
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
創作小説・詩
日々の出来事
画像一覧

<   2014年 07月 ( 30 )   > この月の画像一覧

謹告 ブログをお休み(7/31~8/5)いたします。

謹告 ブログをお休み(7・31~8・5)いたします。

今年の夏、私なりの被災地支援活動の一環として『福島の子供in伊豆』というプロジェクトのボランティア・スタッフとして参加してきますので、その間ブログをお休みいたします。

[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-31 00:08 | Comments(1)

子守唄の心 ゆりかごのうた (作詩・北原白秋 / 作曲・草川信)

◆ゆりかごのうた (作詩・北原白秋 / 作曲・草川信)

この歌の題名に子守歌とはありませんが、

私にとっては大好きな子守歌の一つです。

「ゆりかごの唄」は、1921年(大正10年)に発表された日本の童謡・唱歌です。

寝ぐずる子供をあやして穏やかな眠りに誘う大人たちの心や、

ゆったりと優しい時間が流れる中で、

安らかに眠る我が子を愛しげに見つめる母性といったものが伝わってくる思いです。

繰り返し語りかけられる『ねんねこねんねこねんねこよ』に限りない優しさを感じます。

ゆりかごのうたをスズメでも鶯でもなくカナリアが歌うというところがいいですね。

その揺れるゆりかごはビワの木に結ばれているのでしょうか、

おそらく大木ではないでしょうからゆりかごの揺れるたびにビワの木も穏やかにしなります。

その木の枝先にはビワの実がなっています。

これが松の木や欅だとゆりかごの揺れ方にしなりは生まれてこないでしょう。

しなりがないと揺れる動き方は時計の振り子みたいで

硬い無機質な動きになってぬくもりが抜けてしまいます。

ゆりかごをゆすっているのはきねずみ(リス)です。

タヌキやクマでないところがいいですね。

リスは小さな動物ですからそのゆすり方もひそやかでしょう。

そのゆりかごのゆめ(子どもの育ちに託する祈りや願い)に

黄色なお月様が空から微笑んでいる…

景色は一変して大きな世界・大きな想いの中に溶け込んでいきます。

あらためて歌詞をご紹介します。


ゆりかごのうた 作詞・北原白秋 作曲・草川伸


ゆりかごのうたをかなりやがうたうよ  ねんねこ ねんねこ  ねんねこよ


ゆりかごのうえにびわのみがゆれるよ ねんねこ ねんねこ  ねんねこよ


ゆりかごのつなをきねずみがゆするよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ


ゆりかごのゆめにきいろいつきがかかるよ ねんねこねんねこ ねんねこよ




[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-29 07:16 | ばぶさん童心話 | Comments(1)

ばぶさんの朗読タイム『注文の多い料理店』

ばぶさんの朗読タイム 『注文の多い料理店』

私の大好きな宮澤賢治さんの『注文の多い料理店』の朗読です。
朗読のおしまいにテーマ曲を創作し添えました。
自分でいうのもなんですがこのテーマ曲結構気に入っています。
もしもご一緒に歌って下さったら嬉しいです。

注文の多い料理店のテーマ曲♪ 
作詞・作曲 ばぶさん

(ルルル-ルールル・・・)
かぜが どうっとふいてきて くさは ざわざわ (ザワサワ)
きのはは かさかさ (カサカサ) きは ごとんごとんと なりました
ちゅうもんのおおい ちゅうもんのおおい 
せいよう りょうりてん やまねこけん 
(ぼん・ぼん・ぼん・ぼん・ぼん・ぼん・・・)
どこまでいっても ドア そのまたむこうに ドア
そのまたまたむこうにドア そのまたまたまたむこうにドア
そのまたまたまたまたむこうにドア そのまたまたまたまたまた むこうにドア
どこまでいってもドア・ドア・ド-ア・ドア・ドア・ドア-・『どぉわあ~~』
ちゅうもんのおおい ちゅうもんのおおい せいようりょうりてん
や・ま・ね・こ・けん やー・まー・ねー・こー・けん 
や・ま・ね・こ・けん やー・まー・ねー・こー・けん 
や・ま・ね・こ・けん やー・まー・ねー・こー・けん  『ワン!!』


https://www.youtube.com/watch?v=hijJReItcxM






[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-28 00:00 | ばぶさんの朗読タイム | Comments(0)

なぜ面白い? 『注文の多い料理店』

なぜ面白い?  『注文の多い料理店』の秘密

宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』です。とても面白い作品です。

このお話しは賢治さんの童話の中でも比較的ポピュラーな作品の一つです。

二人の若者が山の中で道に迷い『西洋料理店 山猫軒』という
不思議なお店に入って危うい体験をします。
面白さへの「なぜ?」という疑問、
その答えはいろいろあるでしょうが私なりの自問自答を試みます。

私にはここに出てくる二人の若者は未だ『大人になりきれていない子供っぽい大人』のように思えます。
ハンティングというスポーツ愛好家というよりは『狩人ごっこ』の延長でにわか猟師になっているのでしょう。

まず形から入るのが彼らの常套手段ですから「すっかりイギリスの兵隊の形」を身にまとい、
おそらく購入したばかりの「ぴかぴかする鉄砲」をかついで、
愛犬というよりはアクセサリーのような「白熊のような大きな犬」を連れて、
だいぶ深い山奥の木の葉のカサカサするようなところにやって来て、
そして迷子になります。

能天気な二人は山猫親分の策略に上手に騙され、騙され、さらに騙され、
あわや間一髪のところで助け出されます。
けれども、二人の若者はなぜヤマネコ親分の策略にまんまとはまるのでしょう?

人は誰でもとかく自分にとって納得しやすい方向に情報を集め状況を分析・解釈する傾向があるものです。

賢治さんはこの傾向を下敷きに、レストラン山猫軒という不思議空間
・・・『訪れたお客に西洋料理を提供するのではなくて、
逆に、お客を西洋料理にして食べてやる店』 を創り出しました。
賢治さんという人の着想のすごさ、面白い感性が読者を存分に楽しませてくれます。
賢治さんはこの傾向を実に巧みに作品の中でふんだんに遊びます。


もう一つのなぜがあります。
どうしてヤマネコ親分は二人の若者というごちそうにありつけなかったのでしょう。
自分の賢さ(悪賢さ)への慢心と自己陶酔でしくじったのです。
今一つ賢さが足りなかったのですが、その足りなさゆえに二人の若者は命拾いできたのです。

命拾いはできたのですけれども
二人の恐怖体験はくしゃくしゃに丸めた紙屑のように残り、
東京に帰ってもお風呂に入っても治りませんでした。
さてこの若者たちはこの恐怖体験でどのような経験智を得たでしょう?
少しは賢くなったでしょうか?
人には誰にも大なり小なり何歳になっても子供っぽさが抜けない面というものがあるものです。
私自身にもこの傾向はある面で濃厚に持ち合わせています。

自然界の営みを侮り動物の命を軽んじる愚かな人間がしっぺ返しに会う
という重みがこの寓話の中でさりげなく語られています。
私はこのお話しが好きです。


[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-27 03:50 | ばぶさん童心話 | Comments(0)

本物の『おいしいね』と出会いたい


伝えたい思いは『おいしいね』です。
だから、頑張らせないでね。

 

もうちょっと丁寧に言うと、あなたにとって「次世代の子供たちに伝えたい言葉と心持ちは何ですか?」という問いかけです。この自問自答を試みます。

子どもたちに伝えたい言葉として、『挨拶』は勿論大前提ですが、その次のステージにお招きしたい言葉は『ありがとう』と『ごめんなさい』です。とかく『形』で教えたり教え込もうとされがちですが、肝心なのはその心持をどう伝授し切れるかの一点にあります。
この『ありがとう』と『ごめんなさい』を的確に使えれば人生のあらかたを円滑に送れると考え信じ、子どもたちと関わってきました。あわせもって、『ありがとう』と『ごめんなさい』を程よく使いこなせないが故に損をしてきている大人たちにも沢山出会ってきました。実にもったいない話です。

さてそして、最近、偏食傾向(?)のクッキリとした子どもたちとの食事介助の場面で彼らと付き合っていて学び気付かされた言葉があります。それは『おいしいね』です。

『野菜嫌い』だとか『お肉嫌い』だとか、その『嫌い』の中身は単に『食べず嫌い』だったり『思い込み』だったりもするのですが、それはさておき、この時私の中に禁句があります。

それはその食材を『頑張って食べなさい』です。
この言葉と概念はこの地球から絶滅させたいほどの概念です。
凡そ、食材とか食べ物は『頑張る』対象ではないのです。
ところが大人たちは安易にこの言葉を使います。
親も含め、教育熱心を自負する大人たちは特にそうです。
頑張るべきとか、頑張らせるものとして捉えたりそのようにかかわっているあまたの大人たちに、私は諫言します。
『そろそろその考え方卒業しませんか?』子供に頑張らせて、その結果その子がそれを嚥下したとしてなんの幸せが待っているのでしょう?
自分の関わりによってこの子はこの食材を食べるようになった…という“自分は全うに仕事していますよ”という心持ちになれる自己満足以外には何もありません。

子ども達に何かを伝えたいとか伝えようとする時に子どもから『いやだ』と拒否される、もしくは子どもの側に『いやだ』と言える余白が保証されているときに初めて『保育』も『教育』の指導が本当の意味で成り立つのです。
嫌だという抵抗のないままに成り立ったら、それは一見「保育や教育」に見えますが本質的には『飼育』なり『調教』でしかないのです。『子育て』でもおんなじです。人が人として育つダイナミズムはそこにはないのです。仮に「食べず嫌い」だったとしてもいいじゃないですか。いずれ遙かな年月を経て『これって、結構うまいんですね』と感動に出会える日はいつかきっと訪れます。

「これ、おいしいよ。たべてごらん」とすすめて、子どもの側から一筋縄でいかない『いやだ』を食らったら、躊躇しつつもその拒否を面白がりましょう。そして、その子が『おいしいね』という言葉を獲得するかもしれない遙かな道のりを思い描いて付き合いましょう。『おいしいね』と感じ取れるような食事場面や食材そのものとの出会いを粘り強く創り出せたらいいのです。

仮にその子が獲得した『おいしいね』が誕生して、その子の人生まるごと90年の中で生涯一体何度『おいしいね』と言いながら生きてくのでしょう。そこに今、関われているとしたらすごいことだと私は興奮します。



[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-26 00:00 | 保育ネタ | Comments(2)

ばぶさんな童話 トマトと菜っ切り包丁と

トマトは菜っきり包丁の恋人

トマトが大好きです。おいしいです。
毎回ときめきながら食べます。おいしいからです。
トマトはお塩でも、お醤油でも、ソースでも、もちろんマヨネーズでもおいしいですが、
最近私が気づいたのは、『トマトは何もつけないでそのままで十分味わえる楽しい味』だということです。
トマトは品種改良が進んで昔と比べるとずいぶんおいしくなりました。が、さらに美味しさを増しつつある進化形の野菜です。
かつては熊本県の八代産のトマトにこだわりをもっていました。なぜならダントツにおいしいからです。ですが、最近はどこ産でもかなり八代産に近い味のものと出会えることも増えました。あとは自分自身の選定眼のセンス(直観)だろうと思っています。

できればなるたけ完熟に近いものを買い求めます。
一個単位のばら売りの時なら全く躊躇しませんが、
何個かで1パックという売られ方をしているときには結構悩みます。
一度の食事で3個も4個もは食べられません。せいぜい1~2個です。
トマトは冷蔵室の中でも「追熟」します。
ですから全部を『いい熟し加減の内に食べきる』このへんの食のスケジュールとの兼ね合いで悩みます。過ぎたるは及ばざるがごとしですもの。トマトもまた然り。熟しすぎたトマトは危うく儚いです。

熟したトマトをまな板の上で食べやすい大きさに切り分けます。
包丁がよく切れないとあのおいしい果汁が無駄に流れ出てしまいます。
くちびるをとんがらかして、まな板の上に流れ出たトマトの果汁をバキュームするのは、
ちょいと品がないので極力しません。

包丁がスパッと切れて、トマトさんが『あら私いま切られたの?』と躊躇して果汁を流す暇を与えない様な切れ加減がベストです。
果汁をたらさずに切り分けられた時私は得意気にほくそえみます。
そこで菜っきり包丁です。『錆びないけれども、切れ味がいまいちなステンレスの包丁』よりは、『うっかり手入れが行き届かないとすぐに錆びついてしまう鉄製の包丁』のほうが私は好きです。良く切れるからです。切れ味が全然違います。
鉄製の包丁はトマトを切ることによって『現時点での切れ味具合』を如実に教えてくれます。
つまりトマトが菜っきり包丁の『切れ味』のセンサーになってくれるのです。
切れ味が落ちたなと感じたら包丁を砥石で研ぎます。面倒ではありません、だって『良い切れ味を再生』している行為なのですから砥石で研いでいる時にもワクワク感があるからです。

包丁は砥石の上で呟きます『ああ、あの愛しいトマトさんと又出会える。待っててね、今研ぎあがるからさ』私はいそいそと包丁を研ぎます。

[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-25 00:04 | ばぶさんな童話 | Comments(0)

私のオタマジャクシは世界をめぐる

自分の知らない音楽世界への窓口

私にとって、日本民謡だけでなく、世界中の民謡や民族音楽、伝承音楽には理屈じゃなくて、聞いていて血が騒ぐというかワクワクときめくものがあるのです。
そこには自分の全く知らない文化や音楽や人々の生活に触れられたり、思いを馳せたりできる喜びや感動があるからです。不思議としか思えないような音楽、例えば、モンゴルのホーミーだとか、オーストラリアのアボリジニーのディジュルディーだとかイヌイットやアイヌのムックリだとか…、本当に沢山の不思議な音楽があります。
私は「人間」が好きなのです。『人間観察』は面白いです。

何語を話し、何語で思考しているかによってそこからいざなわれてくる音楽やリズム形態も様々に変わってきます。日本語では母音が5種類しかありませんが、その国によってはもっと沢山だったり逆に少なかったりだとかです。
21世紀に入ってグローバル化が進みあらかたは『英語』なり「○○語訛りの英語」だったりに触れる機会が増えつつありまが、私は時として英語以外の言語で歌われている音楽を無性に聴きたくなります。スペイン語やドイツ語は勿論のことスエーデン語やノルウェー語やオランダ語だったり、ギリシャ語やハワイ語であったりマケドニア語であったりウイグル語やペルシャ語やタガログ語であったり…。子守唄などは特にその国のもともとの歌詩で聴いてみたくなります。言語は違っても子供をあやし穏やかな眠りに誘うその心情には共通する心持がるからです。

資本主義の経済原則からはみ出した音楽の世界で『音と戯れる喜び』の醍醐味をたまたま見出してしまった私は20代の中頃から30代にかけて中南米のフォルクローレをむさぼるように聴いて楽しんでいました。
そして今、50代後半から60代に入って『ドイツ語圏のフォルクローレ(?)』を楽しんでいます。その途中の20年間では、スラブ語圏並びに東欧諸国の民族音楽や民謡に強烈にはまっていました。
音楽の面での情報との出会いがあるかないかは大きな要素で、まったくたまたまではあるのですが、例えば、ハワイアンだとか、イスラムやアラブ&インド文化方面の音楽と出会える機会というものは実に稀でしたが、もしも出会いがあればそちらの方にもそうとうに傾斜しただろうと思います。

YouTubeはその存在の是非をめぐって際立って賛否両論に溢れている世界であろうと思いますが、私にとっては大変ありがたい『感動と発見への窓口』なのです。

[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-24 00:00 | ばぶさんな童話 | Comments(0)

病気になっても病人にならない志

夜中に目が覚めたので起き出しました


眠くなったので、昨夜は早々に床に就いたのですが、あいにく夜中に目が覚めました。
またすぐ眠れそうな目の覚め方なら迷わずに再入眠を試みますが、
今夜の目の覚め方は違います。そこで、起き出し、また眠くなるまで何かをします。
何かしていればそのうちたいてい眠くなるものだからです。
時には夜明けまでずっと起きたままで何かをし続けてるという場合もありますが、
その場合はそのままで良しとします。とにかく『眠れない』ことを気にやんだり『寝なくっちゃ』とは考えないようにしています。

日々の暮らしや自分の体の塩梅のことに関してはデジタルに説明のつくものと説明し難いものとあるものです。

説明し難いものは発想を変えて考えてアナログな説明を試みます。
たとえば、「手首」とか「肘」ってどこからどこまででしょう。
これは何センチ何ミリというデジタルな説明では収まり切れません。
そこで『関節を中心に手のひらを置いて自分の5本の指が包み込む範囲』という説明で良しとしています。自分なりの納得です。

さて、『健康』とか『病気』というものについてはどうでしょう。
私は持病を抱えての通院も含んだ暮らしをしていますから
医療機関ではデジタルな説明を受けますし、それでひとまず自分を納得させます。

この持病ともう24年以上も付き合って暮らしています。
3年前までは別の大学病院に通っていましたが、今回周囲のいろいろな方々の助言やご縁で、この春4月から新たに病院を変えて『通院』を振り出しに戻しました。
セカンドオピニオンを受けるということで以前通っていた大学病院での検査データを入手し提出、そして新たにあれもこれも『検査』『検査』『検査』の春でした。
忍耐と辛抱の日々です。

4つ目の大学病院です。今日、中一日を置いて明日又通院です。
前回から生物学的製剤の点滴投与が始まりました。
24年目にして初めて出会った治療方法です。幸い事前に心配していた「アレルギー反応」や体の異常は特段見られませんでしたのでしばらくこの療法での治療が続くことでしょう。
この薬と私自身の相性がどの程度のものなのかを見極めるため当面2週間に一度のペースで点滴を受けます。

3年前までは『…この疾病は現代ではそのメカニズムが解明されていないので特効薬も根治療法もありません。』という説明を受けていたのでそれなりに自分の受けられる医療に対してなんの展望も持てず諦めて暮らしていたのです。

『治る』『治らない』をデジタルに考えないようにしようと思っています。自分の身体を不甲斐なく思ったりなじったり叱責することだけは決してしないように心がけています。
何より私の身体の中の「治癒力」を現代医療の薬物が応援してくれる世界です。
主役は私の身体なのです。慈しむべき私の生涯の親友です。

現在進行形の現状以上に事態を良くも悪くも思わずに等身大の自分の体を抱きかかえて待合室で自分の名前が呼ばれるまで待ち続けます。発芽を待つ種子になった気分です。



[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-23 02:28 | ばぶさん童心話 | Comments(6)

私がパイナップルの潜水艦だったころ

『私がパイナップルの潜水艦だったころ』

それはもう今から34年くらい前のことです。
当時保育園の保育士さんでした。
園の行事でいわゆる運動会のようなものがありまして、
プログラムの一つにリズム表現と音楽劇仕立てのお話を職員全体で作りました。
その時のテーマ曲が「パイナップルの潜水艦」です。
当時私はかなりフォルクローレおたく(中南米の民謡)のような人でしたから
楽曲の構成にその影響が色濃く出ていまして、
「なんかどっかで聞いたことのあるようなメロディーね」
などという感想もありました。…が盗用ではありません。
人間の想像力が作り出すものですからどこか似ているところもあるものです。

歌詞はこんなのです。

  パイナップルの潜水艦
おおきな おおきな パインナップル 
プッカリ ポッカリ うみのうえ
ちいさな ちいさな ダンゴ虫
なかからでてきて こんにちわ
きみもいこう りゅうぐうじょう
とてもすてきな ゆめのくに
きみもいこう りゅうぐうじょう
とてもすてきな ゆめのくに
(ワン・ツー・スリー・フォ)
パイナップル パイナップルのせんすいかん
うみのそこまで ぼくらをのせて
パイナップル パイナップルのせんすいかん
うみのそこまで ぼくらをのせて
すすめ すすめ パイナップルごう
すすめ すすめ パイナップルごう
すすめ すすめ パイナップルごう

ある幼児教育の夏の研究集会で発表したところとりあげられ、
この歌はその後、保育者養成関連の楽譜集に採譜され全国デビューしました。
熱心なファンの方がおられまして、3年前動画をYou Tubeにアップしてくださいました。先ほど確認しましたら再生回数が11,279回を数えていました。有難いことです。


[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-22 08:04 | 保育ネタ | Comments(0)

ばぶさんの朗読タイム 有島武郎『溺れかけた兄妹』


有島武雄・作『おぼれかけた兄妹』

初めて読んだのは国語の教科書に載っていたからだろうとうろ覚えに記憶しています。
私は湘南海岸まで子どもの足で歩いても15分前後のところに住んでいました。
自分自身も溺れかけた体験を持っていましたからこの作品は全く他人事でない世界でした。

楽しいい海水浴ですが、自然界の持っている力の前には人間は極めて微力です。どうぞ水の事故で命を落とすことのないようにと念じています。
http://www.youtube.com/watch?v=VGQGGy6BTDQ


[PR]
by 09donpo11 | 2014-07-21 09:04 | ばぶさんの朗読タイム | Comments(2)