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スパでの親子の触れ合い  

昨夜、スパに行き入浴してきました。町田市に広がる多摩丘陵の一角に位置する、源泉かけ流しのお湯、周辺の緑溢れる景観と9種類の浴槽が私のお気に入りのスパです。

土曜日の夜、そしてゴールデンウイーク初日の晩(8時を過ぎてました)ということもあって場内はいつもより混み具合が濃かったです。

そして混み合う顔ぶれを見て目立ったのはいつもよりも子供たちの人数の多さです。

殿方の浴室内です。幼児・学童(低学年も高学年も)が普段の日よりも2~3倍はいました。

家庭内のお風呂と違い広々とした浴室です。何より開放感が違います。

小走りになったり、はしゃぎ声の会話の声も大きめになったりです。

実害や不慮のケガなどに繋がらない限りは大目に観てあげましょう。

このスパに来慣れている学童は親元を離れ友達と連れ立ってあっちこっちの浴槽を巡ります。

父親につかず離れずで泡風呂の泡の出具合や湯の流れ具合を探索し実感し、時には驚嘆の声を発している子どももいます。

お湯につかってリラックスしている父親、我が子の見守り方もいろいろです。

ちょっと危なそうなときの言葉かけ注意も口うるさくないのがいい感じです。

湯に程よく浸り、浴槽を出て洗い場に移動しました。

髭剃り、洗髪、身体洗い、軽石で足裏をこすりなどしていますと、後ろの側の列の方から背中越しにシャワーのお湯が何度か飛んできます。

振り向くと大学生()の若者が、シャンプーの泡などを勢いよく落としている最中です。

故意にではないのですが、それにしてもシャワーの仕方が下手なのか、それとも隣近所への配慮ができないのか、その様子に言葉には出さずに「おいおい、もうちょっと塩梅よくやれよ」と私は内心つぶやき、そのうち上達するようになるだろうさ…と自分の洗いの続きに戻ります。

暫くお湯が飛んでこなくなったのでちらっと振り向くともう彼の姿はありません。

やっぱ一言声掛けしてやったほうが彼の為にはよかったのかなぁなんて思いつつ身体を洗っていますと、別の方向からお湯が飛んできました。

あれ?と手を止めると左隣のさらにもう一つ先の左隣の若いパパさんが「すいません」と笑顔で言い、まん中のブース(私の左隣)でシャワーをしている息子(学童)にシャワーの扱い方を具体的に教えています。

子どものほうは言われている意味をすぐ理解できずにいましたが、いずれ学習していくことでしょう。

再び浴槽に移り腰湯につかります。

私のすぐ次に浴槽に入ってきたのは、ちょっとメタボなパパさんと幼児(幼稚園の年中位)さんです。パパさんのリクライニングシートに収まった子供の幸せそうな顔。

「50まで数えたら出よう」の誘い掛け。身体を温めてから出ようという配慮からなのでしょう。

パパさんの提案に数えだす得意げな顔、10までは自信たっぷりにカウントしましたが、その先はちょっともどかしい。

20を数えきるころからはパパさんも声を添えてカウントしています。

どうかな、50まで数えられるだろうかと興味津々でチラチラ見ている私と目があってしまいました。

照れたり嬉しそうにしたりしながらパパさんの顔と私の顔を見つつカウントは続きます。

30をすぎ40もこして、とうとう50まで数え切りました。

達成感と満足感にあふれたその子の表情の晴れがましさ。

親子で入浴中の心の触れ合い、普遍性を感じました。


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by 09donpo11 | 2017-04-30 07:56 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

チケットはシロツメクサ(クローバー)の葉っぱ

午後の保育園。おやつも済んで夕方のひとあそび、この園は団地と隣接していますので、天気の悪くない日は狭い園庭を出て、団地の中の広場であそびます。

今日も子どもたちは広場であそびました。

3歳クラス(幼稚園でいうところの年少組)はあそびの選択肢に三輪車が入っている日でした。

18人の子どもたちに対して三輪車は10台。全員が一度には乗れません。

三輪車に目もくれず他のあそび、例えばダンゴムシ捜し、鬼ごっこ、かくれんぼ、サッカーに夢中な子供はそれでよしとしますが、たまたま8台の三輪車と三輪車あそびをしたい10人の子どもがひしめき合いました。

目ざとい子は、最初っから一目散に三輪車に飛びついて(遊びの始まりは早いもん順でもあるのです)全力でペダルを漕いで自由闊達に広場のぐるりを走り回っています。

出遅れた子や別のあそびの途中で自分のやっていた遊びを三輪車遊びに鞍替えしたくなった子は「あたしも乗りたい」と大人に手助けを求めてきます。

ジュンバンコで変わってくれそうな子に個別に声をかけてみたりしましたが、この日の三輪車遊びは今があそびの最高潮。快く代わってくれそうな機運が生まれません。

担任は一計を講じました。

桜の大きな木の周りをロータリーにしてぐんぐん走り回る三輪車の渦に関所を設けて交通渋滞個所を作りました。「○ちゃんも三輪車乗りたいんだって、誰か代わってくれる?」と個別にではなく子どもたち全体に向かって声をかけました。

ハンドルを離し座席から降りた△ちゃんに「ありがとう、はい、きっぷ」といってシロツメクサの葉っぱを一つ手渡しました。次々順番交代が成立していきました。

交代が成り立つたびにもらったはっぱを回数券にして使いまわす子もいれば、整理券のようにして一回こっきりで処分する子もいればいろいろなのですが、「ジュンバンコで代わって」という言葉のみでなくこれに『シロツメクサの葉っぱ(クローバーの葉っぱ)』という切符を添えることで一枚の葉っぱが心の切り替えスイッチになりました。

なかなか鮮やかな保育の展開だなと学ばされました。


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by 09donpo11 | 2017-04-27 23:30 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

今年最後のくぎ煮

今年最後のくぎ煮

先週末友人からの差し入れで『くぎ煮』が届きました。 連日少しずつ美味しくいただいています。

例年ですともっと早い時期にいただくのですが、今回届いたくぎ煮は、なんでも今年最後の入荷のいかなごで作ったのだといいますから私にとってはいつもよりもかなり付加価値性が高いです。

いかなごのくぎ煮の名前の由来は、諸説いろいろあるようですが、できあがりが折れた釘のように見えるためこう呼ばれているという説が一般的には有力のようです。生の新子を醤油・砂糖(ざらめ)・生姜で煮詰めて作るのですが、その家庭ごとに仕上がりの塩梅がそれぞれ微妙に違い,関西の方では「くぎ煮検定」などというものもあるらしく、実に奥深い世界のようです。

最近はスーパーなどで一年中店頭に並んで入手できるのですけれども、友人の手作りで季節限定となると存在感が違います。しかもその友人、数年前に「初めて旨く炊きあげられた(納得できた)からそのおすそ分け」という目をキラキラさせて届けてくれた感動の経緯を経て今回の差し入れです。おそらくそれより以前の何年間かチャレンジ時代の隠れた修業(?)があったことでしょう。

その段階を経てご自身である程度の納得に至った故の差し入れであったろうと思われます。

あの時の目のキラキラがそれらを語っていました。

創る楽しみ、分け与える楽しみ、いつ届くかなぁと期待して待ち続ける楽しみ、お酒のつまみとして味わう楽しみ、あったかいご飯に乗せて食べる楽しみ、沢山の楽しみが『旬』の中に凝縮されています。


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by 09donpo11 | 2017-04-26 06:32 | 感動のおすそわけ | Comments(0)

『タッチ』  手のひらから心に直結しているタッチもあるのです

昨年度は保育園の中にある『一時保育室』のスタッフとして一年間勤務しました。

今年は延長番の夕方(夕方~夜)の保育当番を務めています。
幼児
3クラスの夕方の保育と、お迎えまでの夜の保育で、親御さんがお迎えに来てお家に帰る送り出しに関わっています。

昨日の夕方のことです。

3歳児の女の子がお母さんと帰るそのさなか、にこにこと満面の笑顔でサヨナラのタッチを求めてきました。タッチのあとでお母さんが

「タッチできた?よかったね」とお子さんに丁寧に言葉かけをしています。

何か特別な事情があったのかなとふっと見やりますと、

お母さんが一昨日の夜のエピソードを補足説明してくれました。

「ゆうべ、おふとんにはいって寝るときに、急に思い出して『保育園から帰るときに○○さん(私のこと)とタッチしなかったぁ』って言って、がばっと起き出して大泣きしたんですよ。」

なるほどそんな出来事があったんですか悲しくも嬉しい合点がいきました。

幼い子供さんの心の育ちの姿に内心ウルウルしてしまいました。

「おや、そんなことがあったんですか、それじゃあ、もう一回『タッチ』」
とハイタッチを誘いました。

背中のリュックがちょっぴり重そうにがさばっていて、本人はジャンプしているつもりのジャンプでしたが、これまた特に嬉しそうなハイタッチでした。

私にしてみれば職業柄もありますが、朝に晩に、また日中園内ですれ違った時などにいろいろなお子さんといろいろ「タッチ」をしてスキンシップを重ねているのですが、子どもさんによってはこれ程までに『タッチすること』、『タッチできたこと』が日々の生活の心の励みになっているのですねぇ。

今日も心を込めて「タッチ」しまくりましょう。


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by 09donpo11 | 2017-04-25 06:31 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑨ 雨が降っては、透き通る冷たい雫を、短い草にぽたりぽたりと落とし  

「虔十公園林」は、宮沢賢治の短編童話です。賢治が亡くなった翌年(1934/昭和9年)に発表されました。

周囲の人たちの目からは虔十は、『おかしくもないのに笑ってばかりいて知恵が足りない』と、馬鹿にされています。

通常私たちにとって「おかしくもないのに…」と見えている世界も虔十さんの目から見たら世界は不思議と驚きにあふれた面白い楽しい世界そのもので、「ひとりでに笑えて仕方ない」程なのです。

乳幼児のあそんでいる姿の中には時として「不思議と驚きにあふれた世界」に入ったり出たりしながらあそんでいる様子が多々見られます。その様子に深い共感を持ちつつ向かい合っている大人は少ないです。かつては自分自身も乳幼児の時代に同様の入ったり出たりのあそび経験をしたにもかかわらずです。作者である宮沢賢治さんの感性はそこまで踏み込んだところから虔十さんの世界を読み解いています。虔十さんがいつも笑ってばかりいるのにはそれなりの理由があるのです。

1934年という時代背景を考えれば、少しでも健常でない子供は、コミュニティーの負担と捉えられ親戚中から恥とされ、隠蔽するといった処遇が常識で、そのような子は前世の罪の結果なのだといった宗教的な解釈や説明もされていた時代です。そういう常識に対し、そのような子でも必要な援助を与えれば(十力の作用によって)地域に貢献できる可能性があるのだということを宮沢賢治さんは説いています。

賢治が知的障害をどう見つめていたかが書き綴られ、時代に先がけてノーマライゼーションの可能性に言及した点で貴重な作品である。(ウィキペディア)

虔十がチブスにかかって死んでから20年間の間に街は急速に発展し、いつしか村は町になって昔の面影はどこにもなくなってしまいます。

ある日この村を出てアメリカの教授になって15年ぶりに里帰りした博士が、地元の小学校から依頼されアメリカについての講演をします。講演後、博士は小学校の校長たちと虔十の林を訪れ、この林だけが昔と変わらずにそのまま残っているのを発見し驚きそして多くの貴重な世界を悟ります。

虔十のことを博士も子供心に馬鹿にしていたことや、その一方この背の低い虔十の林のおかげで遊び場が提供され、連日あそびほうけて過ごした少年時代を経て、今の自分の個性があることを悟り、林の重要性に初めて気づきます。

博士は校長さんに『・・・ここはもう、いつまでもこどもたちの、うつくしい公園地です。どうでしょう。ここに虔十公園林と名をつけて、いつまでもこの通り保存するようにしては。』と提案し、その反響が地域社会を動かしその通りになります。

『…まったくまったく、この公園林の杉の黒い立派な緑、爽やかな匂い、夏の涼しい陰、月光色の芝生が、これから何千人の人たちに、本当の幸いが何だかを教えるか、数えられませんでした。

そして林は、虔十がいたときのとおり、雨が降っては、透き通る冷たい雫を、短い草にぽたりぽたりと落とし、お日様が輝いては、新しい綺麗な空気を、爽やかに吐き出すのでした。』


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by 09donpo11 | 2017-04-23 07:08 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑧虔十さんが運んだバケツ500杯の水は?  

『虔十』というキーワードでいろいろ検索していましたら正に「虔十」という名そのもののカフェが月島にありました。そしてその店で月に一回宮沢賢治作品を花巻弁で読むという朗読会があるという情報を得て419()例会に参加しました。賢治さんのファンは根強くいます。そして皆さん賢治さんが好きな方たちばかりです。参加者は朗読をする演者も含めて21名。いい感じの規模です。自分も年6回『ワンコイン朗読会&朗読広場』という朗読会を主宰している立場なのでこのくらいの人数の方が常時参加してくれる朗読会を開催できているこの朗読会のスタイルに憧れを感じました。

閑話休題。

さてまた虔十さんのお話しに戻りましょう。

『…おっかさんに言いつけられると虔十は水を500杯でも汲みました。一日いっぱい、畑の草も取りました。けれども虔十のおっかさんもお父さんも、なかなかそんなことを虔十に言いつけようとはしませんでした。…』とあります。虔十さんの人柄がよく出ている一節です。

今では家事労働もあらゆることがらが電化され自動化され、さらにハイテク技術がすすみ、何事も世話なしになっています。 

「一日いっぱい畑の草を取る」家の手伝い、これはすぐ想像できます。さて、一方

「水を500杯でも汲む」という家事労働はどんな内容だったのだろうと様々に思いを馳せてみます。

ここから先は私の勝手な想像の世界ですが、ちょっとおつきあいくださいね。

家のすぐそばに用水路が引いてあり、そこからバケツに500杯の水を汲んで何かを満たす…、さて、なんだろう。五右衛門風呂に水を溜めることでもしたのだろうか?普段は筧の水を引き込んで用無しだったものが何かの事情でその日は一日使えず修理中だった。

コックの栓をひねれば水がよどみなく出る水道が行き渡ってない時代であればそんな出来事もあったでしょう。水は人が暮らす上で極めて貴重です。

農家の仕事をしている家庭では一日の労働を終えて、汗まみれ埃まみれになった身体を風呂で洗い流すというのは極めて御馳走です。

こうした生活の有り様の細部までを感じ取り、分かっていた虔十さんだから黙々と水を運び続けたのでしょう。

不承不承に500杯の水を運ばされていたら全くの『苦役』ですが、ここでは違います。

家族のみんなのために役に立ちたいという心根が500杯の水の運搬をやり遂げたのでしょう。

その結果ヘトヘトになって寝転ぶ虔十さんがいたのでしょうか、

『…けれども虔十のおっかさんもお父さんも、なかなかそんなことを、虔十に言いつけようとはしませんでした。』とあります。

疲労困憊でバテているけれども達成感に満ちた目の輝きの虔十さんです。その姿を見つめるおっかさんお父さんのまなざしを感じます。

水を500杯運び続ける過程で自分の目で見て、自分の脳みそでものを考え、あと半分、あともうちょっと、あといっぱいというように疲れた身体を励まし、家族のみんなの役に立ちたいという思いを貫きました。

ついに500杯もの水を運んだのです。

賢治さんの両の手のひらはすっかりまめができて潰れていたかもしれませんね。

誇らしいてのひらです。けれどもちょっと痛々しいてのひら。

お父さんは筧の水樋の修理を急いだことでしょう。

こんな家族間の心の交流が想像されます。

電化も自動化もされてない不便さ()は決して悲しいものではなく、むしろ心豊かな人々の暮らしがそこに脈打っていたのです。


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by 09donpo11 | 2017-04-22 04:32 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

第15回ワンコイン朗読会&朗読広場を開催します。

日時 5月20日() 

開場13:30  開演14:0015:15頃  

参加費500(お茶と菓子付き)です。

会場 旧押立カフェ(稲城市押立945-9)

アクセスJR南武線矢野口下車徒歩9

矢野口駅改札出て左、北口を出て左折JRの高架の下の側道に沿って歩く(立川方向)

二つ目の『止まれ』の交通標識を右折し(四小通り左方向にカーブしている)道なりに23分歩き、前方に手作りパンの店が見えたらその奥隣り。

今回の演目

宮沢賢治・作 『虔十公園林』

◆ 朗読広場での朗読参加者を若干名募集中です。


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by 09donpo11 | 2017-04-20 22:37 | 朗読&朗読よもやま話 | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑦人としての虔十の輝き

虔十公園林・考 ⑦人としての虔十の輝き

作中から引用しますと『…雨の中の藪を見ては、喜んで眼をぱちぱちさせ、青空をどこまでもかけていく鷹を見つけては、跳ね上がって手を叩いて、みんなに知らせました。…』

虔十さんにとっては自然界の森羅万象は驚きと感動に満ち溢れたものなのです。

わー雨だ。冷たいな。気持ちいいなぁ。藪が雨に濡れてきれいだぞ。まぶしいくらいにきれいだなぁ。…わぁ、『鷹だぁ』青い空をどこまでもどこまでも飛んでいくぞ。鷹かっこいいなぁ。鷹ってすごいな。僕も鷹になりたいなぁ。その感動や憧れを虔十さんは跳ね上がって拍手で表現します。そしてさらに、「ほらみんな、鷹だよ。素敵でしょ」と知らせます。

風がどうと吹いて、ブナの葉っぱがちらちら光ると、それだけでももう嬉しくてうれしくてひとりでに笑えて仕方ありません。

けれども周囲の人たち、とりわけ子供たちが馬鹿にして笑うものですから笑われないような工夫をしつつもそれでも彼は自分の感動や喜びを伝え続けます。

虔十の家の後ろに大きな運動場くらいの野原がまだ全く手つかずの状態で残っていました。『おがあ、おらさ、杉苗700本買ってけろ』700本という数量をどうやって算出したのかは判りませんが、たぶん尺取虫みたいに一歩ずつ実測してうんと手間暇かかりながらも計算したのではないでしょうか。ある時風が吹いていて何処かの杉林を見たら「アッ、杉の樹がみんなして『おーい、元気かぁ?』って手を振ってくれている」って思ったのでは…。

『杉苗700本買って…』という虔十さんの提案に戸惑う母や兄。けれども一家の長たる父親がこれを了承してくれます。とてもよろこんだ虔十さんは唐鍬を持ち出し空地の芝をぽくりぽくり掘り起こして杉を植える穴を掘り始めます。

自分の望みが聞き入れてもらえた嬉しさにじっとしてなんかいられません。即行動です。

「杉の穴は植える直前に掘らないとダメなんだ」と兄にたしなめられ、気まり悪そうに鍬を置きます。翌日はよく晴れて、ひばりが高くさえずり、もう嬉しくてこらえきれず兄から作業の段取りを教わるなり杉苗を植える穴を掘り始めます。

実にまっすぐに、実に間隔正しく穴を700掘り続けます。一体何時間かかったでしょうね。

空地の底は堅い粘土質の土地でしたから、杉は5年までは緑色の芯がまっすぐに空の方へ伸びていきましたが、それ以上は伸びず、木の先端が丸くなったまま何年たっても3メートル弱の長さのままにとどまります。「杉林の杉」という観点からみれば商品価値のない貧弱な育ちっぷりの杉です。(結果オーライですがかえってこの木の高さと育ち加減が子どもたちの格好の遊び空間となるのでした。)

周囲の大人たちからは『やっぱりバカはバカだ』と笑われ、からかわれます。

『…あの杉ぁ枝打ぢさなぃのか?』との冗談を真に受けて、上の方の枝を三・四本位ずつ残して夢中で下枝を払う虔十さんです。すっかりがらんとなった杉林にぼんやりと立っている虔十さんに野良から帰った兄さんが『おう、枝集めべ、いい薪ものうんとできた。林も立派になったな。』と機嫌よく言います。虔十さんに対する虔十さんの家族のあったかさがにじみます。

がらんと隙間だらけの虔十さんの杉林は子供たちの格好の遊び場として変貌します。

本当の幸とはなんなのかを人々に感じ取らせる杉林はこうして後世に残りました。

気持ちが純粋で正直な虔十さんです。その虔十さんが隣の畑の持ち主の平二から『虔十、きさんどこの杉伐れ』と執拗に恫喝されます。この時虔十さんが一生のうちでたった一度きっり人に対する逆らいの言葉を一言「きらない」と明言します。この一言にどれほどの思いをこめて虔十さんは平二に言ったことでしょう。生涯に一度きりの逆らいの言葉…それはそれはすさまじい一言だったと思います。

さて、その秋に虔十さんはチブスで死にます。平二も同じ病気で死にます。虔十さんはおそらく二十歳前後の短い生涯だったことでしょう。

虔十公園林という作品を通じて、宮沢賢治さんは人の心の美しさ、家族愛、自然との共生という生き方の意味するところなどを伝えてくれていると思います。


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by 09donpo11 | 2017-04-19 09:12 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑥虔十さんと周囲の人たち  

人は誰でも『自分を認められたい』という欲求と『人の役に立ちたい』という欲求をもって生きています。これは人間の本能の一つです。幼い子も赤ちゃんも少年も青年も大人も高齢者も男も女も皆この本能を持って暮らしています。

ありのままに、感じたままに表現し暮らしている虔十さんに対して、彼の家族は皆よき理解者であり彼を認め受け入れつつともに暮らしています。

これに対して地域の人々は子どもたちも大人たちも虔十のありのままの表現や行動を馬鹿にしたり笑いけなしたりします。

何故そうしているかというと、理解しきれぬ表現や行動に対し戸惑い言葉を失い、対処しきれぬものだから手っ取り早いところ虔十を嘲り笑う対象にしたり、理解不能と判断する故に奇異な行動だとして面白がったりすることで自らの内面の戸惑いに決着をつけ処理しているからです。

みんなからあんまりにも馬鹿にされ、笑われるので虔十さんはたとえ『自然と笑えて仕方ない』ときにも「笑わないふりをする」という生きる知恵・経験智を取り込みます。

知恵が多かろうが少なかろうが、ありのままの自分が認められているのか認められていないのかは理屈抜きの世界で肌で感じ取れるものです。

親も周囲の大人たちも子どもに対して「判らせよう」「解らせよう」「伝えよう」「教えよう」とするあまり、これらのことがらばかりが先行して、その一方で子どものその時その場面での気持ちをまずわかろうとする努力を放棄して接していることって意外と多くあるように思います。

だだっこやわがままやわからんちんに対し、甘やかして受け入れその主張に振り回されるというのではなく、気持ちを分かったうえで、『是々非々』でなるべく丁寧に、相手にわかるように、感じ取れるように伝えることこそが基本です。

先ずわかろうと努め、即座に全面否定したり拒否したりをしない。

虔十さんの家族と周囲の多くの人々との間にこの態度の違いがあります。

そして虔十さんはそのことで救われながら生きてこられたのです。


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by 09donpo11 | 2017-04-16 23:14 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)

虔十公園林・考 ⑤虔十さんちの裏の野原

『…さて、虔十の家の後ろに、丁度大きな運動場ぐらいの野原が、まだ畑にならないで、残っていました。』

どんな野原なのでしょうか?広さはだいたいわかりました。

家というものは条件さえ許されれば南向きに建てられているものです。その裏にあるのですからとりあえずこの裏の野原も南向きと想定しましょう。その野原の北側には平二の畑があります。

『…おまけに杉は、とにかく南からくる強い風を防いでいるのでした。』とありまあす。

ということは南からくる風の吹き抜ける場所であろうと思います。それも強い風とありますから風当たりの強い場所のようです。

その野原は『…まだ畑にならないで…』とあります。何故畑にならないで野原のままだったのでしょうか?『…あんなところに杉など育つはずものでもない、そこは堅い粘土なんだ…』植物を育てるには不向きな土質のようです。この野原に虔十は杉を700本植えました。愚行だとみんなから非難されましたが、それは全くその通りで、

『…杉は5年までは、緑色の心がまっすぐに空のほうへ伸びていきましたが、もうそれからは、だんだん頭が丸く変わって、7年目も8年目もやっぱり丈が9(2.7)ぐらいでした。』この野原ではそれ以上にはあまりよく育たない環境でした。

杉という樹木は環境さえよければ巨木で50メートル程にも成長します。材は建築・器具など用途が広くわが国で最重要の林業樹種です。

ある日一人のお百姓が冗談で杉の樹の下枝を「枝打ち」しないのかと虔十に問いました。山刀を使って下のほうの枝を落とすのだという説明に虔十は心躍らせて『…片っぱしから、パチパチ杉の下枝を払い始めました。(中略)夕方になったときは、どの木も上のほうの枝をただ3~4本ぐらいずつ残して後はすっかり払いおと…』してしまいました。

枝打ちとは木の下の方にある枝を刈り取る作業です。何の為にするのかというと、これは、普通は、杉の木を真っ直ぐに成長させるためと、板にした時に節ができないようにする為に行なうものです。

枝打ちされた杉の樹にしてみればその分太陽からの栄養を取り込めなくなるのですから、ただでさえ成長しづらい土地に植えられた杉の樹たちの成長はさらに鈍化することになります。

夢中で枝打ちし終えた虔十はあらためて自分の杉林を見て、あんまりがらんとしてしまった林に心痛めます。みすぼらしくなってしまった杉林ですが、人生どこで何が良いほうに転換するものだか判りません。

次の日から学校帰りの子どもたちがこの林に来て毎日まいにちあそび出しました。

どんな遊びをやったでしょうか?

兵隊ごっこ、行進あそび、かくれんぼ、靴隠しオニ、木つかまりオニ、陣取り合戦、

タースケオニ、ターザンごっこ、めいろあそび、等々、子供たちの遊び心はとめどなく楽しいあそびを創り出していったことでしょう。

虔十の杉林の北隣利の畑の主の平二は自分の畑が日陰になるから杉の樹を『伐れ』と迫ります。日陰になるといったって『杉の影がたかで5(15)も入ってはいなかった』のです。

そして私がこのお話の中で一番好きな名場面へと突入します。

『「伐れ、伐れ、伐らなぃが」

「きらない。」

虔十が、顔を上げて少し怖そうに言いました。

その唇は、今にも泣き出しそうに、ひきつっていました。

実にこれが、虔十の一生の間のたった一つの、人に対する逆いの言葉だったのです。』

このいさかいの半年後、虔十も平二もチブスで死にます。

お話しはずんずん進み、村には鉄道がとおり、大きな瀬戸物工場や製糸場が次つぎたち、畑や田んぼはつぶれて家が立ちという具合に大きく様代わりをし、かつての村はいつしかすっかり町へと変貌します。

『その中に虔十の林だけは、どういう訳かそのまま残っておりました。』

何故でしょう?家族の人とりわけ虔十のお父さんが強く反対したことも大きな理由の一つでしょう。企業が買収に乗り出すほどの資産価値のない空間でもあったことでしょう。ある価値観や評価のスケールで見たら取りこぼされていくような空間であっても、視点を変えて捉え返してみれば子供たちの成長にとってこの上ない遊び空間でもあったのです。

子供たちの成長を見る視点もこのような側面を忘れたくないものです。

『その杉もやっと一丈(3)くらい、子供らは毎日毎日集まりました。』

虔十のお父さんの髪が真っ白に変わり、20数年たっても丈が約3メートル程の林です。

どれほど子供たちにとってあそびやすい好都合な空間だったことでしょう。

これがもし、土壌がよくて、杉がどんどん成長して高さが20メートルくらいの杉になっていて薄暗い林になっていたら、あれほどまでに子供たちが連日あそびほうけた空間にはならなかったでしょう。

20数年という時間の長さは、小学校6年間ですから3代から4代くらいの小学生が全とっかえで入れ替わって連綿とあそばれ続けていたということになります。かつて少年時代にこの林の中であそんでいたというアメリカ帰りの大学教授がこの林の変わらぬたたずまいに大きな感動を覚えるのも無理はありません。


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by 09donpo11 | 2017-04-16 14:05 | 子育て・子の育ち・あそび | Comments(0)